バレンタインデーについて徹底的に調べてみた

Valentines

バレンタインデー
St. Valentines Day

もうすぐバレンタインデーなので、バレンタインの由来や歴史、チョコレートを贈る文化についてかなり調べてみました!

■欧米でのチョコレートを贈る習慣

元々はチョコレートと全く関係のないヴァレンタインデーです。
ヨーロッパでは、花やケーキなどを贈るのが一般的ですが、日本と同じようにチョコレートを贈る方もいます。しかし、必ずチョコレートというわけではなく、チョコはあくまでも有力な選択肢の一つにすぎません。

そして、女性から男性というわけでなく、男性から女性にもプレゼントを贈ります。

チョコレートを贈る習慣が始まったのは19世紀後半に始まりました。イギリスのキャドバリー社というチョコレート会社が1868年に美しい絵のついたギフト・チョコレートボックスを発売しました。これに前後して、キャドバリー社はハート型のバレンタインキャンディボックスも発売し、これらのチョコレートボックス等がバレンタインデーの恋人などへの贈り物に多く使われるようになり、後に他の地域にこの風習が伝わっていったそうです。

Valentine_Tower_Chocolates< ■日本でのチョコレートを贈る習慣

日本でのバレンタインの習慣が定着し始めたのは1970年ごろだそうです。

日本のバレンタインはチョコレート業界の陰謀という風な見方をされることが多いですが、実際はちょっと違うようです。
モロゾフ・森永・ソニープラザが1930~1960年ごろまでそれぞれ、自分たちがバレンタインデーを定着させたと言っているようですが、あまり効果が上がらなかったようです。

それが、なぜか1970ねんごろからチョコレートの売上が急増し始めました。これは、各社の仕掛けが功を奏したというよりも、購買層の拡大がと日本社会の文化的背景がマッチした結果のようです。

チョコレート業界がバレンタインデーを定着させるために努力をしていたことは、間違いありませんが、それが直接的な原因というわけではなさそうです。

いずれにしても、チョコで盛り上がるのは日本だけです。
本来に立ち返って、チョコでなくても、相手に喜ばれるプレゼントをするのが良いかなと個人的にはおもいます。

■ホワイトデー

全国飴菓子工業協同組合によると、1978年に3月14日をホワイトデーにするという決定がなされたようです。
ホワイトデーは日本独特の文化で、外国ではこのような風習はありません。

■義理チョコ

義理チョコも日本独特の習慣で、チョコレート業界に作られた習慣です。日本のバレンタインのチョコレート売上の半分以上は義理チョコで占められています。
職場での関係などもありますので、女性にとってはやらざるを得ない習慣になってしまってますね。

■ウァレンティヌスとは(Valentinus ~269年2月14日)
St.Valenitne

元々は西暦269年にローマ教皇の迫害で殉教した聖ウァレンティヌス(テルニのバレンタイン)に由来する記念日。これは西方教会の地域における伝承で、聖ウァレンティヌスを崇拝する正教会(一般に東ヨーロッパを中心としている)のひらがる地域では、西欧文化の影響があるまでは、このような慣習は無有りませんでした。

キリスト教(正教会・カトリック・聖公会・ルーテル教会)の聖人とされている。が、実像がはっきりしません。3人の実像が重なって造られた架空の人物の可能性が高いです。
 1:ローマの司祭
 2:インテラムナ(現在イタリアのテルニ)の司教
 3:ローマ帝国領アフリカの殉教者

この人物は、一説に269年2年14日に殉教されたとされており、その理由について、次のような言い伝えがあります。

・ローマ皇帝クラウディウス2世が軍隊の兵士の士気低下を招くとして、兵士たちの結婚を禁止した。ウァレンティヌスはこの命令に背いて結婚式を行ったため処刑された。
・結婚したばかりのカップルに自分の庭から摘んだ花を贈った。

という、恋人にまつわるエピソードがあります。

ウァレンティウヌスは、恋人たちの守護聖人として信仰されていました。

valentinus

■2月14日

2月14日は、元々ローマにおいて、女神ユノの祝日でした。ユノは主神ユピテル(ギリシャ神話のゼウス)の妻であり、ギリシャ神話でいうヘラです。ユノは女性の結婚生活を守護する女神とされています。

また翌日からは、ルカベリア祭というユノと豊穣を記念する祭りがあった。このルカベリア祭というのは、多産と豊穣を祈る祭りであって、性的なお祭りだったそうです。
ヤギと犬をいけにえとしてささげる儀式の後、腰布をまとった若い男たちが若い女たちを鞭(むち)で打ちながら走り回り、この鞭に打たれると子宝に恵まれると信じる女性たちはすすんで肩をあらわにしたそうです。

ウァレンティヌスの処刑の日は、ユノの祭日であり、ルペルカリア祭の前日である2月14日があえて選ばれたというのが一般論のようです。